最終更新日:平成17年3月31日

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鳥越城跡二曲城跡鳥越城跡二曲城跡

国指定史跡 昭和60年9月3日指定

鳥越城跡二曲城跡
 白山市 三坂、別官、釜清水、上野、出合(白山市管理)


 鳥越城跡・二曲城跡は、織田信長の攻勢に最後まで抵抗した白山麓一向一揆の拠点となった城跡である。
 手取川とその支流大日川に挟まれた標高312mの丘陵上を利用して築かれたのが鳥越城で、一方大日川の対岸に相対する標高268mの独立峯上の山城が二曲城である。
 鳥越城跡は本丸、二の丸、三の丸、後二の丸、後三の丸と呼ばれる5つの郭と3つの腰部によって構成されている。発掘調査によって、本丸跡及び二の丸跡から、礎石をもつ建物跡や、堀立柱建物跡が検出されている。また、桝形門、腰郭において石垣が検出されているが、特に首切り谷と呼ばれる空掘に面する石垣は高く険しい。建物の多くは、火を受けているが、青磁三脚香炉、白磁皿、染付碗、天目茶碗といった陶磁器類、刀、鉄砲玉といった武器類などが出土した。
 手取川とその支流大日川流域の一向宗門・徒組織は山内惣庄(惣中)と称されたが、鳥越城と二曲城の城主は惣庄の指揮者であった鈴木出羽守である。
天正8(1580)年柴田勝家により金沢御坊が陥落するが、山内衆は抵抗を続け、鈴木一族が討たれ、落城した。翌年山内衆が蜂起し、両城を奪回したが、織田方の佐久間盛政によって鎮圧された。更に翌年再度蜂起するが、300人余りが礎刑に処され、加賀一向一揆は壊滅した。

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