最終更新日:平成17年3月31日

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国指定史跡 昭和57年1月16日指定

散田金谷古墳
 古墳時代後期
 羽咋郡宝達志水町散田(宝達志水町管理)
 指定面積 633.97平方メートル


 富山県境に源を発し、邑知潟に注ぐ子浦川に臨む丘陵端に営まれた古墳。古墳の下を走る街道は富山県氷見市に通じ、越中守大伴家持が能登巡行に際して通った経路の候補にもなっている。
 墳丘は、21×18.5mの略円形を呈し、高さは3.5mを測る。周溝は、墳丘の尾根側に幅3m・深さ0.5mの規模で馬蹄形に巡っている。埋葬施設は南西側に開口部を持つ横穴式石室で、全長9.85、玄室の長さ5.72m、同幅2.65m、同高さ2.76m、玄門部の幅0.88m、同高さ1.7mを測る。石室の用材は花崗岩を主とし、一部に安山岩が用いられている。
 この古墳は、明治36年(1903)に地元の人々によって発掘されている。墳丘の上に置いてある家型石棺は、この時に搬出されたものである。主な副葬品には、須恵器の杯・高杯・台付直口壺・提瓶、馬具、直刀、鏃などがある。出土品の一部は、東京国立博物館に所蔵されている。6世紀後半の築造と推定される。
 昭和60年「石川県の文化財」より

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